集団のルールをとるか個人をみるか

心理のコツ

はじめに

 精神科デイケアなど集団で関わるような場合は、あるメンバーのことを優先するともう一方のメンバーをないがしろにしてしまうというジレンマが起こることが多々あります。集団をみるのか個人を見るのかということです。たとえば、あるメンバーの声が大きい時に、他メンバーさんからうるさいと苦情が入ることなどです。

各メンバー個々の対応を積み重ねる

 結論から言うと、今目の前で対応しているメンバーさんを優先することが原則になります。もちろん集団全体の力動を考える上で様々な考えが頭に浮かんできますが、いったん括弧に入れて目の前にいるメンバーさんに寄り添うという意識を持つことが大切です。

各メンバーに寄り添うために集団のルールがある

 しかし、各メンバーに寄り添うと矛盾が生じているから困っているんだという声が聞こえてきそうです。もちろん集団にはルールがあります。それは精神科集団療法といった治療グループ内だけでなく、地域や社会という集団にもルールがあります。家族にすらルールが存在します。

 その場合どうしても集団を維持するためにルールを当てはめるということを行なってしまいがちです。しかし治療集団の場合、各メンバーに寄り添うために、集団のルールがあります。この順番を間違えてはいけません。

各メンバーに伝える時

 集団の中でルールとして決まっていることや、周囲の人から苦情が来ている行動について全てを許容するということではもちろんありません。環境調整によって何とかなる問題なのか、周りに影響を与えていることに気づいてもらう必要があるのかなどを見立てた上で関わることが必要です。問題とされる行動を取り続けると(誰にとっての問題なのかは考えるべき問題ですが)、自身にとって不都合なことが起こるのかどうかに焦点を当てて関わる必要があります。

 相手側が困っているからやめなければならない行動ではなく、その行動を続けていると自分が集団の中で居づらくなるという自身の困りごととしていく必要があります。

ルールの持つ暴力性について

 ただし、ここでは触れられませんが大きな問題があります。ルールを決めてやりくりしていくのはどうしても多数派ということになってしまいがちです。そのため集団の風土や理念としてマイノリティにいかに配慮したものにしていくかが重要になってきます。ルールから外れる人を排除してしまう集団になると居づらくなります。社会問題となっているヘイトスピーチの問題などをみてもよくわかります。ルールという名の、マイノリティの排除にならないように、対話を重ねる必要があります。この問題はまた別の機会に考えたいと思います。

まとめ

 もちろん集団と各個人の利益の考えは難しいですが、悩みながらやっていくしかありません。大きな問題を考えているとどうしても個人がないがしろになってしまいます。徹頭徹尾、個人に立ち返ることが必要になってくると思われます。

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